075.仮面
「自称探偵ジェイド」


   075.仮面



 顔を隠すという行為は、後ろめたいことがあるからに相違ない。
 大義名分があるのならば、堂々としていればいいのだ。
 それを「隠す」ということは、やはり「犯罪」であることを奴も認識しているからに違いないのである。


「うーん、一概にそうというわけでもないと思うけどねえ」
「どうしてですか!」
「面が割れたら、商売上がったりじゃないか」
「泥棒を商売にしていること自体、悪です!」
「止むに止まれぬ事情とかあるかもしれないよ、相手にも」
「ですが、罪を罪であがなってはいけません。罪は許すためにも存在するんです!」
 法律というのは、そのためにあるんです。
 燃える瞳できっぱりとそう言ってのけた少年の台詞に、目前の青年は苦笑いを返す。
 法は罪人を罰するためではなく、許すためにあるんだ──というのは、つい先日新しい本が発売されたばかりの「アタック紳士シリーズ」の中で、しばしば登場する台詞であることに気づいたからだ。
 根っからの「アタック紳士愛好家」である少年の言葉の端々には、いつも作品の影響が見られる。大方、新作「アタック紳士と時計台のラビリンス(前編)」を読み、再び「探偵」というものによりいっそう思いを馳せているのだろう。足元で肢体を伸ばしている翼猫の頭を撫でながら、青年は朗らかな笑みを向けた。
「それで、今度のどんな事件なんだい、探偵クン?」
「正確には、次に起こりうるであろう事件ですが」
「──ってことは、まだ発生もしてないのかい?」
「ええ、今のところは」
 わざと含んだようなものの言い方をした。
 こういう風に「臭わせる」ことを言うと、記事者である青年はきっと乗ってくるだろうと踏んだからだ。そして想像通り、青年は魅惑的な瞳を光らせて、こちらを見つめてきた。この辺りではあまり見かけない、黒曜石のような色合いの目だ。
「探偵である君がそう言うんだ、奴がらみってことだね、ジェイド君」
「ええ、奴──怪盗アレンです」


 このメンブレン市に颯爽と現れ、巷の話題をかっさらったのが「怪盗アレン」
 目の部分を覆う仮面をつけ、マントを翻して闇夜を飛ぶ。
 そのどこかの物語から抜け出してきたかのような存在に、市民は湧きあがった。かの怪盗が狙うのが、評判のよくない上流階級の人であったり、なにかしらの悪評が立っているものであったりと、ただの「金品目的の泥棒」とは違っていたためであろう。人々の中にはひそかにエールを送るものも存在する。
 だが、世論がどうであれ、「泥棒は泥棒」である。
 きちんと捕まえなければならない──と考えるのは、警官の努めであるし、市民の中にもそう主張する者も少なくはない。
 そして、その一人がこの少年でもあるのだ。


「で、今度はなにを狙うと睨んでるんだい、探偵の感としては」
「レージさん、瓦礫館は知ってますよね」
「あの、町外れの廃屋かい?」
「ええ、でもあれは廃屋じゃないんです。ちゃんと所有者がいて、今でも税金は納められている、れっきとした建物なんです」
 ほう……と、青年・レイジは目を見張る。
 ただの「アタック紳士オタク」に見える少年であるが、時としてこういった知識を見せる面もある。
「その瓦礫館が、どうかしたんかい?」
「今度、あそこをきちんと修復して、博物館にするらしいんです。そこに展示するのは、所有者であるラミントン家が手を回して集めた各国の秘宝です」
 そこには他にない珍しいものがたくさんあるはず。怪盗アレンなら、きっとそれを狙ってくるに違いない。
 ジェイドはそう睨んでいた。
 館の修復が始まるのは明日。
 内部は、以前からの内装を生かしたつくりになると聞いている。外装もまた、レトロな雰囲気をそのままにとどめて、補修をするらしい。元々の造りが頑丈であるので、埃を払い、磨くだけで立派な建物となることだろう。壊して一から興さなくてもよいのだから、修復時間も長いものではないはずだった。
「つまり、運び込まれる品物を狙って、現れるんじゃないか──と、そういうことか」
「はい、そうです」
「でもさ、ジェイド君」
 レイジは、疑問を投げかける。
 いくらなんでも明日工事をして、その晩に終わるというわけでもないだろう。なまじ終わったとしても、今度は内装がある。陳列ケースなどはすでに運び込まれているとしても、外の工事をするからには中へ出る影響もあるから、掃除しなければならない。物を運ぶのは、本当にギリギリ、一番最後の段階になってだろう。肝心の「物」に傷がついては意味がないからだ。
 つまり、明日外装を変えるとしても、その「博物館」が「博物館」として門を開くには、まだ時間がかかるのではないか。
 そして時間がかかるということは、陳列する物は、まだあの館にはやってこないのではないか──


 そう言うと、ジェイドは沈黙した。
 考えを正すための沈黙ではなかったようで、少年は声をひそめてレイジに告げた。
「実は、これは極秘情報なんですが、ラミントン家は敢えて、先に荷を運び入れるつもりらしいのです」
「それはまた、豪快だね」
「ええ、ですが強盗の裏をかくという意味では、悪くないとは思います。陽動というやつです」
「……それを陽動作戦とは言わねーと思うけどな」
「え、なんですか?」
「いや、なんでもない。なかなか貴重な意見を聞かせてもらったよ、ありがとう」
「ああ、レージさん。わかっていらっしゃるとは思いますが、このことは──」
「わかってるって、ここだけの話だろ」
「はい、見事アレンを捕まえたときには、存分に記事にしてくださいね」
「了解了解」
 楽しげにレイジは笑った。
 本気にしてないな──と、ジェイドはむっとなる。足元の翼猫も目の前の青年に同意しているかのような顔つきで見上げていることに気づいて、ますますむっとなった。
「おい、タロウ」
「ニャオウ?」
「なんだよ、その声は」
「まあまあ、ジェイド君。タロウだって悪気があったわけじゃないんだし。な、タロウ」
「ニー」
「だってさ」
「──はあ」
 タロウとレージは、妙に仲がいい。
 なかなか言葉を話してくれないこの翼猫と、実はきちんと会話をしているのではないかと、時折疑りたくなるぐらいである。
 飼い主であるおれを差し置いて──という嫉妬心があるわけでもないが、ほんの少しだけ悔しくもなるのだ。
「それじゃ、失礼します。行くぞ、タロウ」
 軽く一礼して、ジェイドはレイジに背を向けた。
「ありがとう、探偵クン」
 対して応える声が、耳に届いた。



 明晩。
 勇んで張り込んだ「瓦礫館」にて、一足先に訪れていた怪盗アレンと相対したジェイドだったが、手の先をかすめるようにして逃げられ、騒いでいる時に逆に不審人物として警官に捕まった。
 その様子を、屋根の上から見下ろして、不適に笑った怪盗アレン。
 仮面の奥にある黒い瞳は、ほんの少し気の毒そうに探偵の姿を捉える。口元をほころばせ、そっと彼は呟いた。

「ありがとう、探偵クン」












相変わらず、活躍するのは零二さん。
ビバ、怪盗☆