080.優しい悪魔
「G-colloection」


   080.優しい悪魔



 天使のような悪魔の笑顔

 なんて矛盾した言葉かしら──とあたしは思っていた。
 だって正反対の存在じゃない。
 例えば、表と裏。
 黒と白、天と地と、月とすっぽん。
 ところで、どうして月がすっぽんと比較対象になりうるのか、あたしは知らない。
 だって天体と動物よ。
 どこに共通項があんのよ。
 それともこの「すっぽん」はあのすっぽんとは別物なのかしら。
 おまけに月というのはなにかの隠語だったりするのかしら。

 隠語って、なんかヤな響き──



「ハルカ、なに難しい顔してんねん」
「え、いやちょっと言葉の壁についてね──」


 あはははと笑って誤魔化すと、この翼猫はたいして追求してこない。
 気をつかっている──というより、ただ単に「うちはどっちでもえーけどな」というとこだと思う。
 まあ実際「どうでもいいこと」よね。


「言葉なんて国の数だけあるもんだろ」
「言語の壁が存在して当然でしょう、ここは君のいた世界ではないのですから」



 あたしの声を聞いたのか、二つの意見が飛んできた。
 陽気な声と、冷めた声。
 これまた両極。
 陽気なのは当然でしょうね、お金が入ったんだから。
 小さな依頼があって、それを受けて、わずかな稼ぎがあった。だからすこぶるアルディは機嫌がいい。
 まったく、なんてゆーか、わかりやすいわよね。
 対して冷静なのはクリンリネス。
 まあ、いつものことだからたいして気にもしないけど、依頼者に見せていたあの爽やかな笑顔はどこに行ったんだか……。普段見せてる顔はどっちかっていうと無表情に近い。無愛想ってわけじゃない、ただ単に表に出てこないだけ──って、それが無愛想っていうのか。
 でもあいつの場合は「無愛想」っていう言葉は当てはまらないような気がする。
 それこそ極上の笑顔だって作れるし、怒った顔ってのはまだ見たことない。笑顔で怒ってるってかんじ。だから怖いんだけど。
 無愛想じゃなくて、喜怒哀楽に乏しいんじゃなくて、冷血漢は冷血漢なんだけど──


 うんうんと悩み始めたあたしを見て、その元凶は近づいてくる。
「一体なにを考え込んでいるんですか」
「たいしたことじゃ……」

 言えやしない。
 怒られる。
 むしろ呪われる。

「──ハルカ」
「だから別になんでもないってばさ」
「いえそうではなくて、いつまでここにいるつもりですか」
「はあ?」
 ふと顔を上げると、アルディとファジーがいない。
 とっくにこの場を離れて、村へと戻ってしまってるみたいだった。
 なんて薄情な!
 一声ぐらいかけられないわけ?

「かけても聞いていなかったのは、君でしょう」

 不満の言葉はすっぱりと切り裂かれた。
 もっと他に言いようはないのか、こいつは。
 世の中には「オブラートに包む」という言葉が存在するというのに──、この世界にオブラートがあるのかどうかは謎だけど。あたしだってここ何年も見てないもん。


「行きますよ、今夜は村長宅で宴会です」
「宴会って、あんな小さな村で?」
「私達が村の平和を守ったのですから、当然の権利でしょう」
 素知らぬ顔で言いのけた。この調子ではうまいこと言い含めるなど容易いことだろう。
 やっぱり詐欺師だ。


「さ、日が暮れないうちに戻りますよ」


 スタスタと進んで、こちらを振り返る。
 早くしろと無言の威圧だ。
 あたしは立ち上がって慌てて駆け寄る。
 すっと視線を戻すと、リネスは歩き出す。
 ひどく冷徹なくせに、一応待ってはくれるわけだ。
 そういった意味ではアルディの方がよっぽど冷たい。


 天使のような悪魔と
 悪魔のような天使。


 つまり、人間は名前や肩書きだけで判断しちゃいけません──って教えかもしれない。


「まだ何か気にかかってるんですか、ハルカ」
「え、あー……」
「知ってますか? 悩みすぎるとハゲるそうですよ」
「じゃああんたもそのうちハゲ゛るんじゃないの」
「ハルカ──」
「な、なによ」
「氷の精霊が集まると人が死ぬって知ってますか。すぐそこにいるんですけどねえ」
「だからその薄ら寒い笑顔をするなー」