081.おとり
「G-colloection」
081. おとり
「あたしが?」
苛立ちと非難と怒りと不満と。
その他諸々を詰め込んで、精一杯すごんで訊いてみると、相手は顔色ひとつ変えずに肯定してくれた。
「当然だろ」
「まさか不満があるんですか?」
「まさかって、あんたね……」
さも意外そうに問い返されて、あたしは脱力する。
本気で言ってるんだろうか、わざとこっちを怒らせてからかっているんだろうかと考えた後で、思い直した。
きっとどこまでも本気だ。
悪気がないといえば、天然無邪気っぽくて聞こえはいいけど、こいつに限ってそれはない。
だって、邪気の塊だから。
邪気っていうか、天然の悪意というか。
腹の底から──、素で悪びれない男。それが、このクリンリネスという男だと、哀しいかなあたしは知っている。
浮かべる笑顔は朗らかだけど実に冷淡な性格をしていることは、その風貌に表れていると思う。夏の陽射しの下でみる彼の長い銀髪は、暑苦しいけど暑苦しく見えないから。
きっと氷の血が流れてるんだと、負け惜しみみたいにそう思う。
思わないと、やってらんない。
大体、どこの世界にか弱い女の子を囮に使う成人男子がいるのよ。
知らず口から洩れていたらしい言葉尻を掴んで、「……か弱い?」と不審そうに呟いたもう一人の男の足を、あたしは遠慮なく蹴りつけた。それぐらいの反撃は許されたっていいはずだわ。
「か弱いが訊いて呆れるな」
「うるさいわね、乙女の恥じらいよ」
今度は恥じらいパンチをお見舞いしてあげようかと振り上げた拳から逃げるように一歩距離を取るのは、隣とは正反対の赤毛の男・アルディ。こっちは真夏でなくても常に暑そうで、熱そう。
「平気平気、おまえなら大丈夫だって」
「なにを根拠にそんな能天気なこと言えんのよ、あんたらは」
「第一、どこの世界にのどこって、どっちを差してんだよ」
「どっちって、──どっちだって同じよ」
あたしのよく知る世界だろうと、このヘンテコなあたしにとっての異世界だろうと関係ない。
女を盾にする男なんて、最低よ。
「君はさっき、か弱い女を囮にする奴はいない、と。そう言いましたよね」
「……言った、けど。それがなによ」
まだ「か弱い」にこだわるつもりなら、今一度制裁を加えようと身構えたあたしに、リネスはやっぱり笑顔でこう言った。
「相手もそう思うと思いませんか?」
「──は?」
「ですから、まさか向こうも女が囮になっているとは思わないでしょう」
「なまじおまえが囮だとわかったとしても、そこに裏があるんじゃないかと思うだろうな」
「そう、つまり。囮っぽくない者を囮にすることによって、それ自体を囮にするということです」
「その間に、俺たちが相手に近づいて一網打尽って寸法だ」
「大丈夫です。囮というのはあくまで囮ですから、囮とわかっていて手を出す奴はいませんよ」
「だから、囮の方が安全ってことだ、わかったか、ハルカ」
二人に挟まれる形で言い含められ、あたしは口を挟む間もなく話は終結してしまった。
おとりおとりと連呼され、なんか頭が混乱してる。
囮は囮であって囮でなく?
いや、囮は囮だから、囮なんだけど、囮っぽくなくて。
でも囮で。
だけど、囮は安全で。
囮の囮による囮のための囮──
あたしは一人、頭を捻る。
その間にアルディとリネスは自分達の準備を始めているらしい。
作戦ともいえない作戦会議が洩れ聞こえるけど、あたしは右から左だ。
「じゃ、頼んだぞ」
「頑張ってください」
「……ん〜」
あたしを置いて離れていく二人に、生返事。
「うちにはよーわからんけど、結局、要するにハルカは囮なんやろ?」
「──そうよ、そうだわ。結局、あたしが囮になるんじゃないのよ!」
話の論点をいつの間にか刷りかえられていたことに気づいたのは、ファジーの呑気な一言だったわけだけど、もうどうにもならなくて。
青い空の下、あたしは「早く元の世界に帰りたい」と、今更ながらに強く思った。
「囮」って字。
改めてみると、変な字だよね。国構えに化けるって。