084.箱の中身
「G-colloection」


   084.箱の中身



「舌きり雀みたい」
「なんですか、それは」
「昔話──っていうか、御伽噺かな」
 視線だけで促され、はるかは一旦言葉を置いて、思い出すように──取り立てて、思い出さなければならないような内容でもないけれど、どうにか要約して話せないかと考えながら、口を開いた。
 むかーしむかしあるところに、おじーさんとおばーさんがいて。
 昔話に出てくるのって、どうして老夫婦ばかりなんだろう? 外国童話はさらに継母ネタが多いのは何故かしら?
 話ながら、どーでもいいことを疑問に感じつつ、はるかは結論を口にした。
「つまり、箱が大きいからって中身が良い物だとは限らないってことよ、今のこの状況にピッタリな教訓でしょ?」
 言って指し示した先。三人と一匹の前には、箱があった。
 とある町の、とある家。ちょっとした仕事をして。その仕事というのは多くは語らないけれど、その御宅のお嬢様に関わることで、おかげで大仰に感動された一行は「感謝の印」として、報酬を受け取ることとなり。
 そうして差し出されたのが、大小二つの箱だった──と、こういうわけだ。

「そうは言ってもだな、やはり人間、大きい方に心惹かれるもんだろうが」
 アルディは向かって右にある、大きな箱に手を伸ばす。
「だから、その心理を巧みに利用したのが、さっきの話なんだってばさ! あんたみたいな強欲な人間は、いつか痛い目みるんだぜっていう、そういう教訓なの!」
 男の手を箱に触れる前に叩いて止めて、はるかは言ってのける。すると、左隣からは澄ました顔と声で、こんなことをぬかす男がいた。
「そうですよ。私のように謙虚で控えめな態度と心を持つことが、生きていく上でとても大切なことなんです」
「…………謙虚?」
「まったく。いいですか、アルディ。あなたの向こう見ずな性格のおかげで、私が今までどれだけ苦労したと思っているんですか?」
「それはおまえあれだよ、適材適所ってやつだろ。オレがかまして、おまえが諌めてみせると見せかけて、実は止めを刺すっていう」
「どっちもどっちやな」
 翼猫の一言でわずかな沈黙。が、当の本人は意に介さぬ様子で、はるかに問いかける。
「なー、ハルカ。結局、どないするつもりなんや?」
「どないもこないもあらへんわ」
 思わずつられて関西弁。ぶるぶると頭を振って追い出すと、はるかは改めて箱を見た。
 この二人と一匹は、はっきりいって当てにならない。
 ここはあたしがしっかりしなければっ。
 見極めるように睨む。
 右側をご覧下さい。こちらにございますのは、大きな箱。重そうな作りのわりには成人男性ならたいした苦もなく抱えられる程度の重量。取り付けられている鍵にはこの御宅の紋章でもある、なんだかよくわからないけど、林檎っぽい絵が描かれております。
 ……林檎って、あんた。どんな家?
 次に左をご覧下さい。宝石箱のような小振りな作りで、散りばめられているのは宝石ではなく、ガラス玉。子供のおもちゃのようですが、光が当たるとキラキラしててなかなか綺麗です。価値なさそうだけど。大きさのわりに重く、鉄アレイ二本ぐらい入ってるんじゃないの? ってぐらい。こちらは林檎ではなく……、なんだろう。蜜柑? なんかそんな感じです。
 林檎か蜜柑か。
 あなたが欲しいのは、どっち。

 特選素材がないから判断つけられないわ──と、はるかは胸中だけで呟いて、自分の思考を止めた。バスガイドみたいに説明してる場合じゃない。

「一体、何が入ってるんだろう……」
 要するに、それが問題なわけだけど。
 箱の中身なんて、開ける前からわかっていたらつまらない、と。言う人なら言いそうだけれど、わかっていて楽しみなことだって、きっとあるとはるかは思う。
 例えば、誕生日のプレゼント。
 ケーキの箱にはケーキが入っていることはわかっているけど、どんなケーキが入っているのか、とても楽しみだ。評判のお店である「フォレスト」のケーキはどれも美味しい。新作のケーキも次々に登場して、ショーケース越しに見るだけでもワクワクするのだ。
(特注したってケーキも、あったっけなぁ)
 あれはいつのことだっただろうか? あの事件があってから、初めて迎える誕生日だった気がする。
 ああいうのを親バカっていうのかな──と、はるかは思い出して笑う。舞子さんと風太郎さんは、こちらを驚かすことが得意な人だ。たまに「なにやってんだか」と、呆れるけれど。
 それでも、それが自分のことを思っての行動だとわかるから、それは素直に嬉しいと思う。
 プレゼントは気持ちだから。

(……そうよね、気持ちの問題よね)

 中身を想像して、少しでも金目の物を──と考えることが邪道なんだ。
 邪よ。よ・こ・し・ま!
 ふんと頷いてはるかは、二人を振り返る。
「ねえ、もうどっちだっていいじゃん。荷物にならない小さい方でさー」
「ですから、御君主。私達はもともと二人組なのです。それがたまたま一緒にこちらへやって来ただけでしてね」
「そうなんだよ。だから、はいどうぞと箱一つ差し出されても、分けようがねーんだよ」
「そうだったのですか? それにしては大変息が合っているように思われましたが」
「それはそうでしょう。私達流れ者は、色々な仕事を請け負います。どんな人とでも連携出来てこその仕事ですよ。それもまた、職業柄というやつでしょうかねぇ」
「ま、要は腕がいい証拠ってわけだ」
「そんなわけで御君主。私としてはこちらの、小さな箱を頂戴しようと考えておりますが」
「オレとしては、こっちのでかい箱を頂きたいんだが、いいか?」
「致し方御座いませんな。元より、お礼にとご用意させていただいたものです。お一方に差し上げて、もう一方には何もというわけには参りませんので、双方様でお一つずつお持ちいただければと思います」
「悪ぃなー」
「初めに申し上げておくべきでしたね」
「……………………」

(──あ、あいつらは……)

 はるかが頬を引きつらせる中、恰幅のよい善良そうなおじさんを見事に言い含めて、男二人は箱を二つとも勝ち取った。




 二者択一とか、究極の選択とかいう言葉を知らないのだろうか、こいつらは。
 ご丁寧にも、箱を宿まで運んでくれている馬車の荷台に乗り込んで、はるかは半眼で二人を睨みつけた。その視線をさらりと受け流すのはリネス。
「何か言いたそうな目をしていますね、ハルカ」
「言いたいっていうか、呆れてるっていうか、厚かましいっていうか恥知らずっていうか」
「貰えるもんはなんでも貰っておけ。これ、死んだじーちゃんの口癖」
「遠慮ってもんを知らないわけ、あんた」
 軽口を叩くアルディに目を向け、はるかは呆れる。
「二兎を追う者、一兎をも得ずって言葉、知ってる?」
「なんですか、それ」
「おまえ、難しいことばーっかり言うよなー」
「あんたが考えなさすぎなのよ」
「まあまあ、ええやんかハルカ。こういうのを、いっきょりょーとくって言うんやろ」
「……あんた、それ意味わかって言ってる?」

「皆さん、本当に仲が宜しいんですねぇ」
「──そう見えますか……」
 小声で話していたにも関わらず、話し声が聞こえたのだろうか。御者台に座っている例の恰幅主人が、呑気な声を上げる。
「この町で出会ったとは思えませんよ」
「それはどうもありがとうございます」
 そこはお礼を言うべきところなのか。
 リネスの返事に、はるかは微妙にツッコミたかったが、言うのを留める。
「これから、皆様はそれぞれどうなさるのですか?」
「まだ決めていませんが、人数が多い方がなにかと便利ですし、一緒に次の町を探すのもいいんじゃないかと、今まさに話し合っていたところですよ」
 分け前はオレが苦労したんだから、五割だからな──などという、思いっきり俗物的な話をしていたことは露ほどにも見せず、クリンリネスは笑みを柔らかな浮かべる。主人は、「そうですか」と快諾。
 ああ、騙されてるわこの人ってば……
 はるかは心で涙を流した。
「お二人だけというのもそれはたしかに淋しいでしょうね、お嬢さん」
「──え、あ、はい?」
 急にこちらに振られて、はるかは驚く。そんな彼女に気づくこともなく、主人はやはり呑気に語る。
「そちらの方とお二人よりは、他にお仲間が増えると楽しいでしょうねぇ」
「あー。はあ、そうですね……って、え?」
 そちらの方?
 ぐるりと顔だけを向けると、そこにいるのは間違いなく銀髪の青年。
 黙考。そして唾をひとつ呑んでから、はるかはリネスにだけ聞こえるように、訊く。
「……ちょっと、どういうことよ」
「なにが、ですか?」
「だから、組み合わせの話よ。あんたとアルディがコンビなんじゃないの?」
 男同士、そして自分はファジーと女同士。
 てっきりそういう編成にしたのだと思っていたはるかは、心底不審顔だ。
「聞いてなかったんですか? アルディは大きい箱、私は小さい箱を頂くと、あのご君主に話したのを」
 そうだっただろうか?
 自分の考えに耽っていたため、たしかに半分上の空だったことは認めるけれど。
 でもしかし、だからといって、どうして──
「なんだってあたしとあんたがコンビになってんのよ」
「翼猫を連れているとはいえ、女の一人旅など、信じてもらえるわけがないでしょう。腕の立つファイターならばともかく、あなたではね……」
「──悪かったわね、取り立てて秀でてるところが見えなくて」
「ですから、どちらかが君の連れという形を取らざるを得なかったわけです」
「不本意ですが、とでも言いたそうね……」
「とんでもありません。光栄ですよ」
「嘘をつけ、嘘をっ」

「いやあ、お二人は本当に仲が宜しいんですねぇ」
 はっはっは、若い者は羨ましいですなーとでも言いたそうな口ぶりに、はるかは一瞬殴ってやろうかと思ったけれど、とりあえず作り笑いを浮かべながら、隣にいるリネスの脇腹をつねることにした。
 覚えてなさい、あとでこの髪、三つ編に結ってやるんだからっ。


 宿に着いた後、部屋で開封した箱の中身。
 大きな箱には、お嬢様の肖像画。小さな箱には、お嬢様のブロンズ製人形が入っていたのは、蛇足の話。







リネスはきっとツンデレだと思うのです! 涼しい顔してババンバンな人だと思うのです。
単に私が、そういうキャラが好きなだけなんですが(笑)