092.面影
「自称探偵ジェイド」


   092.面影



「どこの世界でも、祭りっていうのは一緒だな」
「レージさんの故郷でも、同じようなお祭りがあるんですか?」
 洩らした言葉が聞こえたのか、脇にいた少年が好奇心丸出しといった声で問いかけてきて、青年は苦笑して答える。
「同じじゃ、ないけどね」
 さすがに、魔法は存在しねーしな──と呟いた声は聞こえていなかったのだろう。少年は、「じゃあ、どういう風な祭りですか?」とさらに問いを重ねてきたので、なんと答えるべきか考えながら言葉を選ぶ。
「こうやって屋台が並んでさ、いい匂いがするんだけど、こういう時って普段より高いんだよな」
「そうなんですよね。これは暴利だと思いますよ」
 言う少年の手には唐揚げの袋があるのであるが、彼が認識している限りでそれは二つ目になるはずだった。一体何の肉なのか少し気になるけれど、カエルだって食用になるのだから、どんな動物であれ──動物どころか魔物であったとしても、食べられる味ならばたいして問題はないだろう。
 そう達観できるほどに、「この世界」に馴染んできつつある自分を、彼はまるで他人を見るように冷静に判断する。
「レージさん、取材はいいんですか?」
「こうやって見てることが取材だよ。別にインタビュー記事ってわけじゃないからね。見聞したことをちょこっと紹介する程度。それだって、採用されるかどうか微妙なんだよ」
「大変なんですね、フリーの記事者って」
「しがらみがないっていうのは、良し悪しだよ」
 自称・名探偵であるこのジェイドという少年と会ったのは、祭り会場の入口だった。級友達と一緒にいたようであるが、彼らと別れて付いてきた理由はたぶん、「事件」があると思いこんだせいだろう。ある意味非常に熱心ではあるが、いかんせん「空回り」が多い。もっとも、それが見ていて飽きないところでもあるのだが。
 十字路にさしかかる。
 普段ならばなんてことのない場所だけれど、馬車も止められているいわば「歩行者天国」の今は、人人人の嵐。まるで騎馬戦だな──と、笑った。
 いや、人物品評会だろうか。染めているわけでもない鮮やかな地毛の数々は、なかなか目にも眩しいところだ。多少茶色味がかっているとはいえ、黒目黒髪の自分はさぞかし異質に見えるだろう。
 もっともだからこそ、「同朋」が見つけやすいというものであるが──

(でも、あれだな。欧米人とかならわかんねーか)
 上げた視線。流れる人に目をやり、
 その時、世界が止まった気がした。

「──……、知……」






 ざわつく人込みでは、スリの発生率が高い。
 ジェイドは食べることでカムフラージュをしながらも、周囲に気を払っていた。事件が起きた時、迅速に対処する必要があるからだ。
 一風変わった印象のある知り合い、レージの姿を見た時は、きっと何か事件の取材に違いないと思ったのであるが、彼は単なる穴埋め記事の取材だという。それでも、このメンブレンの祭りは初めてだという彼を案内するために、ジェイドは級友と別れてこうして彼と一緒にいる。
(ま、いいよな。別に)
 野郎達と練り歩くくらいなら、記事者の彼と行動を供にした方が、はるかに得るものがあるはずだから。
 ──と、声が聞こえた。
 かすれた声で、人のざわめきに紛れて、きっと周囲には聞こえないだろうぐらいの声だったけれど、近くにいたが故に、ジェイドには聞こえたのだ。
 レージの洩らした声が。

「――……ミチ……」

 ミチ?
 それとも「イチ」だろうか。
 なんですか? と問いかけるため視線を上げたジェイドは、言葉に詰まる。いつも飄々とした態度で余裕ある大人といった雰囲気の彼が、人混みの中の一点を、呆然と見つめていた。

「──レージ、さん?」



 戸惑いの声に我に返る。
 途端、耳に煩いほどのざわめきが戻ってきた。
 数度瞬きをして、大きく息をする。
「どうかしたんですか?」
「ん? なにがだい?」
「誰かお知り合いの方でもいらしたんですか? 結構色々な所から人が集まりますからね、祭りでは」
 ジェイドの言葉に一瞬に詰まり。小さく首を振って、それに応えた。
「……いや、違う。人違いだよ」
「でも、わかりませんよ。ご本人かもしれませんし──」
「いや、それはない。……いるはずねーんだ、ここに」
「……はぁ」
 追求できないような気がして、ジェイドは結局それだけを返す。
 何か事情があるのだろう。
 探偵としては気になるところであったけれど、あまり個人情報を聞き出すのはいいことではない。彼が容疑者であるならば別だけど、彼はどちらかというと自分と同じ、こちら側の──事件を追う側の人間だから。
 それでもちょっとだけ好奇心が抑えられず、問いかける。
「女性の方ですか?」
「なんのことだい?」
「ですから、さっきの似た人ですよ」
 興味ありますと、顔に油性マジックで書いてあるような顔をしている少年を見て、レージは笑う。
 まったく本当に面白い子だ。
「そうだな。一応、性別は女だなー」
「一応ですか」
「そう。別に男装の麗人だとか、そういう意味じゃないけどね。それに、ああいう男っぽい人っていう意味でもない」
 二人の前を通り過ぎた、いかにも「姐御」といった雰囲気のショートカットの女性を見ながら、レージはジェイドに説明する。
 そういえば──、とジェイドは口を開いた。
「レージさんの口から、女性の話を聞いたのは初めてですね」
「そうかい? でも別に取り立てて話題にすべきものでもないだろう?」
「それはたしかにそうですけど。でも、レージさんって僕から見てもカッコいい人だと思いますし、彼女とかいらっしゃるんですか?」
「彼女、ねえ……」
 元の世界にいる時、やたら訊かれた言葉だな──と、懐かしく思い出す。
 もっともその時は、「付き合ってるんですか?」と確認される意味での「彼女」だったけれど──
「彼女はいないけど、大事な奴なら、いるよ」
「恋人じゃないんですか?」
「そういうのじゃあないな。だけど、関係に名前になんていらないだろ?」
 思う気持ちがあれば、それでいい。
 線引きの出来ない関係を不可思議に感じるより、もっと大事なことは「気持ち」がどこにあるのか、だ。


 だってね、それは他人が見て決めちゃうことだけど。それってずるいよね。
 私のことは、私にしかわからないんだよ。なのに決められちゃうの。なんかずるくない?
 大事なのは気持ちだよね? 私が思うことが大事で。まずそれがなくちゃダメだよ。
 そうでしょう? ねえ、零ちゃん――



「そうですよね、お互いの気持ちの問題ですね」

 ぐっと拳を握って言った少年に、レージは目を見張る。
 誰かと似たようなことを言うものだ。よりによってこのタイミングで。
 まったくこの探偵クンは、一生懸命で、まっすぐで。

「──そっか。だからなんかほっとけないのかね」
「は? なにがですか?」
「いや、なんでもないよジェイドくん」

 そう笑った彼の顔はとても穏やかで、だけど楽しそうで。
 ジェイドはよくわからないけれど、少しだけ嬉しくなった。


















これだけ見ると、やたらホモくさいな(笑)