自称探偵ジェイド 1
黄金色の囁き
2 捜査の方策
彼の囁きは魔法か
其が呟くは幻術か
巡り巡る螺旋の道
正しき道や何処ぞ
詐欺師
言葉巧みに相手を騙し、陥れ、そして自分は安穏とした立場に居つづける存在。
レイジは、以前から追っている詐欺師が今度接触しているらしい相手があの女性だと、そう言ったのだ。
(あんな綺麗な人を騙すだなんて!)
許せない──と、ジェイドは憤慨し、そしてレイジとの会話を思い返してみる。
「他にも似たような詐欺まがいのことをやってる男もいるらしくってね、どうやら大きな詐欺グループが存在するんじゃないかって見解が生まれてるんだ」
「詐欺グループ!?」
「まだどこも記事にしてないって言うんだろう?」
「詐欺師達に嗅ぎつけられたら困るから、ですか?」
「ご名答。どこの広告屋も動いてはないだろうね」
「じゃあ、どうしてレージさんは?」
「俺はほら、広告屋じゃなくて、雑誌の方だから」
広告屋ほど制限ないんだよね、と笑い、釘を刺すように言ったのだ。
「いくら名探偵といえども君はまだ子供なんだ。都市犯罪に迂闊に手を出すもんじゃないぞ」
(だけど、黙って見過ごすだなんて、出来るわけないじゃないか!)
そう。
なぜなら彼は「探偵」だからだ。
この事件を解明すれば、レージだって喜んでくれるだろう。
そしてきっと自分の名前が雑誌を飾ったり、独占インタビューを受けたり、難事件を依頼されたりするんだ。
「そうさ、この俺の探偵歴十五年の勘にかけて、きっと解明してみせるぜ!」
「ニャーゴ」
合いの手を打つように、タロウが鳴いた。
まず第一歩としてするべきことはなんだろう?
こういった事件にぶつかった時、アタック紳士ならばどうするだろう?
机を前に腕組みをしながら考える。体重をかけた椅子の背もたれが、キシキシと音を立てた。
もうそろそろこれも寿命か。新しい椅子を買ってもらわないといけないな。
探偵にとって、机と椅子──応接セットも大事な商売道具のひとつである。
十年近くは使い込んでいる机には、あちこちに傷があるけれど、引き出しが多いことだけは利点といえるだろう。その引き出しの中には様々なメモが詰まっている。いつか手記を書く時のため、解決した事件を書き留めたものだ。けれど、それももう随分とたまってきている。整理が必要だ。
詐欺事件に頭を戻す。
アタック紳士の事件簿の中にも、詐欺師が出てくる。この詐欺師──通称・トップは、警察が未だ捕まえられずにいる有能な男であり、ある事件をきっかけに、以来ごくたまにアタック紳士に協力したりもする男だ。
ある事件──つまり初めて彼が登場した『アタック紳士と貴族同盟の闇』で、貴族達を相手にとって詐欺をしていたのがトップだったのである。
後ろめたいこともあった貴族達を相手にした詐欺。
貴族達は自らの汚点を隠し、被害届けを提出した。
その事件で「詐欺」を立件すると同時に、貴族達の抱える「悪」をも暴いたという爽快な事件物語。
アタック紳士は、正義の男なのである。
ジェイドは立ち上がり、本棚の前に立つ。そこはもう見慣れてしまった背表紙がずらりと並んでいる。
『アタック紳士の事件簿』
『アタック紳士と秘密の塔』
『アタック紳士とからくり屋敷の怪人』
『アタック紳士、危機一髪!』
『アタック紳士の旅情』
『アタック紳士vs怪盗ブルーダイヤ』
『アタック紳士と幻の黄金伝説』
まだまだ続く、彼の愛読書の一部だ。
どんな内容であるのか、必要であれば彼は瞬時に説明が出来るほどの「アタック紳士愛好家」である。その筋ではアタッカーとも称されているぐらい、シリーズのコアなファンは多いのだ。
「じゃあレシーバーとかトスとかもあったりするのかな」と、レージ氏は笑っていたが、元ネタはよくわからない。
もしかしたら彼の世代では理解できる言葉なのかもしれない。
「よし、行くぞタロウ」
「ニヤァ?」
手帳を握りしめ、ジェイドは部屋を飛び出した。
聞き込み
捜査の基本──第一歩だ!
「はあ? 詐欺だって?」
「ええ、そうです」
「小僧、物語の読みすぎじゃねえのか?」
大手の広告屋の門をくぐったジェイドは、記事者の一人に呆れた顔をされた。
記事にはしていなくとも、どんな事件があったのかぐらいは握っているだろうと踏んで、こうして話を聞きにきたのだ。
レイジから聞いた話によれば、詐欺師は何件か事件を起こしている。その事件を知り、被害者の共通項をあらっていくべきだと、探偵の勘が告げていた。
「ですが、これ以上被害が広がる前に手を打つべきではないですか?」
「だから、何の話をしてるんだい」
「隠すお気持ちはわかります。ですが、広い視野を持って事件に挑まなければ、謎というのはいつになっても明かされないんです」
「ほおう、で、おまえさんに何が出来るって?」
「何が出来るかはわかりません、ですが、真実に辿り着くことが出来るかどうか、それは神の意志」
「帰れっ」
ジェイドの鼻先で、厚い扉は閉ざされた──
「詐欺事件の調査ぁ?」
「はい、当り障りのない部分だけで結構ですから」
「ねえちょっと誰か。この子、施設に送ってあげてー」
「詐欺師」
「はい!」
「そりゃおまえだろうが」
「聞きたいこと?」
「ええ、今起きている事件とか……」
「有名なデザイナーが海の向こうの大陸から来るって話のこと?」
「いえ、そういうのではなくて。もっと物騒な」
「あんた、テロリストなの?」
「警察呼んで! 現行犯逮捕の記事書けるわよ〜」
数社の広告屋は口が堅かった。
さすが、プロだ!
ジェイドは乱れた髪を撫でつけながら思った。
次はどこに向かうべきだろう、雑誌社を何軒か回ってみようか──と、そう考えていた時だ。すれ違った人が奇妙に印象に残った。ふわりと金糸のような髪が視界をかすめる。
振り返る。
後ろ姿で判別出来た。
あの人だ。
あの、詐欺師に狙われているという、被害者の女性だ。
しばらく迷った末に、ジェイドは尾行を開始した。
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