グラナディア 序章

 序章






 大陸最大の国土を持つ西の国・ウインディア。自然溢れるその国の小さな町は、大自然に囲まれたといえばきこえはいいが、ありていにいえば娯楽に乏しい田舎町。
 北の国・グレイゴルとの国境となるウィーン山脈に程近い町であるここバージニアは、山に住みついている魔物退治を試みる冒険者達が骨休みに立ち寄ることも多く、宿や酒場にあふれている。
 店が立ち並ぶ大通りをはずれ、町の西にある丘の上に、木造の小さな家が建っている。部屋数はさして多くはない。けれど住んでいるのが二人ならばそれで十分ともいえるだろう。
玄関の戸が開き、一人の少女が顔をのぞかせた。空の色を思わせる蒼い髪がサラリと肩からこぼれおちる。左右を見やり家の前に人影がないのを確認した。
「……気のせいか」
 つぶやいて少女は元の作業にかえる。夕刻に帰ってくるであろう母親との夕食の準備をする為に、台所に立っていたところだったのだ。
 母親は昨日から出かけている。ウインディアの中央に近い都市セーラムへは乗り合い馬車でも一日がかりである。バージニアに着く馬車は一日に一便のみということを考えればここがいかに田舎であるかということがわかるであろう。
セーラムから着くその一便の馬車が到着するのは夕刻前。ちょうど夕食を作り終えた頃に帰宅するだろう。馬車に揺られ疲れきって文句を言っている母親を思いうかべて、少女──ファインはくすりと笑う。
 十五歳のファインからみても、母は子供っぽい、というか年令を感じさせない人である。どこか超越した雰囲気を持っている母は、大人を信用していないバージニアの孤児達にも慕われていた。ファインが片親であったことも要因のひとつともいえるかもしれない。そんな母を守るためか幼少の頃から勝気であった彼女は、バージニアの孤児達の頭である。今では近隣の町で、彼女に勝る者は居ない。片っぱしからつぶしていったことはいうまでもないが……。


「遅いわね……」
 窓から見える空はオレンジ色に染まっている。
 普通ならば、もう着いてもいい時刻はとうにまわっているというのに、母は未だ帰宅する様子がみえなかった。  馬車に事故でも起きれば、昼間町に買物に行った際、噂話のひとつも耳にするであろうが、そんな話はなかった。きいたことといえば、どこかの都市に魔物が出現したという話ぐらいだ。
 モンスターが現れた程度で大騒ぎになるなんて、都会はなんと脆弱なのだろうと皆が笑い、彼女もまた情けないと思った。闇の精霊ノルテがいる限り、魔物が滅びることはないであろう。魔物が出現した話など、珍しくもなんともない話である。
 馬車に乗り遅れた。そんな考え方もあるはずだが、今日に限っていえばそれはありえない。明日は、ファインの十六回目の誕生日なのだから。
 彼女が記憶しているかぎり、母は娘の誕生日を手放しで喜んでくれた。朝食から夕食まで、すべて好物でかためられており、子供の頃は、誕生日=天国だった。十五になった今もそれは続いており、去年も朝から花びらを撒き散らせて起こしてくれた。
 そんな母が明日の誕生日を忘れるはずがない。きっと帰ってくるだろう、もうすぐ。
 先に夕食を済ませて、少女はテーブルに頬づえをついて待つ。
 することがないので香茶をいれて、お菓子をつまんだ。
 暗くなったので、部屋に灯りをつけた。
 母はまだ帰らない。

 空が闇に支配され月が高く昇っても。
 待ち疲れてテーブルに伏して眠ってしまった後も。

 翌日も。

 その後も。

 母は帰ってこなかった……。