ファーストコンタクト −3−




 久しぶりに「夢」を見た。
 んー、夢っていうのかな、これ。
 そこに僕はいなくて、僕は僕じゃない人になってて。

 つまり、僕はラーナになってたんだ。






 そこは一面、まっしろな壁だった。
 病院みたいだなーってちょっと思ったけど、それにしては窓がない。
 だけど別に空気が淀んでいるとは感じない。空調はとてもしっかりしているみたいだ。
 僕は──っていうか、ラーナの身体は起き上がって歩き出す。
 これはかなり変な気分だった。
 僕の意識とは無関係に動く身体と視線。目まぐるしいってこういう状態なんだ。
 前を向いていたかと思えば急に右を見る。そこにスイッチみたいなものがあって、細い指がそれを押すのが見えた。
 空気が抜ける音と共にドアが横に開く。
 ラーナが歩き、背後で扉が閉まる音がした。
 振り向かずに進み今度は上を向く。
 明るい天井だけど電灯は見当たらない。天井自体が光ってるみたいだ。
 そのくせ、蛍光灯が発する熱のようなものはちっとも感じられなくて、空気はわりと冷ややか。これも空調のせいなのかな。
 溜息をついて肩を落とす。頬のあたりに髪が流れた。
 さらっとした長いプラチナブロンド。手が動いて、掻きあげた髪を耳にかける。
 艶のある柔らかな感触に僕は内心どきまぎした。
 長い髪の毛を触るなんて、初めてだ。
 なぜ僕が今「ラーナ」なんだってことがわかったのかというと、名前を呼ばれたからなんだ。
 たった今入ってきた扉が再び開いて、背中から女性の声がした。

「なにをしているの、ナミオラニノネインのリオラレイン」

 振り向くと、二十代半ばといった風の女の人が立っていた。
 うちの母親曰く「女子大生でも十分通じますね」と称しておかなければならない年齢の女性。目鼻立ちのはっきりとした、キャリアウーマンみたいなキビキビとした雰囲気を持っていて、こっちはなんだか、イタズラしているのを見つかってしまった生徒ってかんじ。
「早く戻りなさい」
 本当に先生に怒られてるみたいだ。すっごく厳しい声。
 なんだか早く従わないと叫びだしそうな顔をしていて、ビックリする。
 なにを怒ってるんだろう。
 ひょとしてラーナは、関係者以外立ち入り禁止! とか、そういう場所に勝手に入ってきたのかな。

「さあ、早くっ」
「──わかりました」

 口が動いて、ラーナの声。
 いつも頭に聞こえてくる声とは少し、違って聞こえた。






 来た時とは微妙に違う道筋を辿る。
 さっきの女性教官みたいな人が先導していて、有無を言わさずついてこいってかんじ。
 なんか監視されてるっていうか、縛られてるっていうか。
 見張られてるみたいなかんじでちょっと窮屈だ。
 だからなのかもしれないな──。僕はふと考えた。
 状況はわからないけど、例えばさ、すっごいしつけの厳しい家とかで、頭の固いお目付け役みたいな人がいて。それが息苦しくって、だから部屋を抜け出したりしてるのかもしれない。
 ラーナってば実はお嬢様とかなのかも。あの長い名前もそれで納得がいく。
 ほら、外国の家ってさ、色んな名前とか家名とかを足していってすごい名前とかになっちゃうっていうじゃないか。ナミオラなんとかっていうのは、住んでいる地方の名前。きっとそうだ。
 僕が考えている間にラーナは進む。
 ここは一体どこなんだろう。個人の家ってかんじじゃない。
 家っていうよりは、学生寮とか、施設とか。不特定多数の人が集まって暮らすような、そういう感じがする。
 それにしたって長い廊下だな。どこまで行っても果てがないみたいに真っ白で同じ壁。なんかもう、迷子になりそう。
 どこかに表示とかして欲しいよね、Aブロック、Bブロックとかさ。



「……うるさい、黙ってよ」
 ラーナが言った。
「なんですか、リオラレイン?」
「いえ、なんでもありません。セシル」
 振り返った女性にすました声でラーナが返す。

 黙ってって……、それってひょっとして僕のこと?

「もう、うるさいなあ」
「どうしたんです、リオラレイン」
「いえ、宇宙線の影響かしら、耳鳴りがひどくって……」
「──船内機械の調整が必要かもしれませんね。申し送りをしておきます。ですが、そのぐらいのことで簡単に心乱されるようでは困ります。落ち着きが足りませんね」
「……すみません」

 あんたのせいで怒られたじゃないのっ。

 口にはしない声が、僕の周りに木霊した。
 ラーナの、心の声。
 っていうか、なんで僕が怒られるのさ。

 理不尽だ。















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