「これって、冷凍睡眠装置だよね?」
「なにそれ、まるで動物を保管する場所みたいなこというのね」
この部屋で一番幅を取っているものが、それだった。
コールドスリープ。
僕のよく知っているものとは形が違うけど、用途はきっと同じだろうと思う。
いくつものボタンがあって、ちょうど人間が一人納まるぐらいの長さ──言い方がちょっと悪いけど、まるで「棺おけ」みたいに見える。
開発者のセンスを疑うね。もう少しデザインに凝ればいいのに。
それとも、ただ眠るだけなんだからそんなものは無意味だとでも思ってるんだろうか。
だとしたら、それこそナンセンスだ。
それはともかくとして。
なんだって僕はこんなことになっているんだろう。
夢っていうのは本来眠っている時にみるものだと思うんだけど、ついさっきまでの僕は、少なくとも「眠って」はいなかったはず。日が沈むにはまだ時間に猶予があったから。
夢じゃないとしたらなんだろう。
よもや死んだってわけじゃないだろうと思うけど……。
だって本当に「死んだ」のだとしたら、ばーちゃんが来るはずだから。
いつもいつも言ってるんだよね。死んだら迎えに来るから、一緒にエアロビをやろうって。
なんだって死んだ後でエアロビをしなくちゃいけないんだろう。
せめて球技にして欲しい。
「どうして僕はここにいるんだろう。ここは君の住んでる場所なんだよね?」
「そうよ、ここが私の部屋」
ちょっと得意そうな声。
そして壁に手を這わせながら歩き、あれやこれやと説明をはじめた。
一見なにもないように見える壁だけど、触ってみると決して均一ではないのがわかる。
時折、まるでなにかに触ったかのように光ると、部屋が暗くなったり明るくなったり、温かくなったり寒くなったりする。タッチパネルみたいなものが、壁に埋め尽くされてるんだろうか。触れるだけでスイッチが入ったりするような、便利なショートカット機能みたいなものが。
真っ白な机。その椅子に腰かけて手をかざすと、壁の一角が光る。卓上ライトのかわりかな。
その後もなにがなんだかわからないうちに、ラーナの指先によって様々な効果が現れる。見えない鍵盤で指が踊ってるかんじ。これはこれで目まぐるしい。
まるで魔法みたいだ。
「不思議だね」
「なにが?」
「なにがって……色々と。まるで魔法みたい」
「不思議なのは、どっちよ」
心外そうにラーナが言った。
でもどう考えたって僕の知っている「世界」と「此処」とじゃ、なんていうか「根本から違う」って気がする。非現実すぎて実感すら湧いてこない。なんの実感かって、それはつまりこれが「本物である」という実感だ。
ほんと、まるで夢みたい。
やっぱり「夢」なんだろうか。
僕というよりは、ラーナの夢。頭にいるラーナが見ている夢を僕も追従しているのかもしれない。
頭の中にいる「誰か」が夢を見るのかどうかなんてわからないけど、幽霊だって夢ぐらいはみるだろう。なにかを思うからこそ「幽霊」という形で存在しているはずだから。
幽霊。
その言葉にラーナを当てはめることを、なんだかそぐわないと思いはじめているのは、今こうして感じている彼女が、「生きている」からだと思う。
僕だって一応この道、十四年。
物心ついた頃から幽霊の類とは付き合ってる。
だからそれが生身の人間なのかそうじゃないのかって、なんとなくわかるんだよね。
僕の感覚を信じたとすれば、ラーナはちゃんと生きている人で、ただの浮幽霊じゃない。名前からしておかしかったけど、まさか宇宙人だとは思わなかった。
まあ、僕も「宇宙人」ではあるんだけど。
「でもやっぱり不思議だよ。ああ、場所の問題だけじゃなくって、僕が今こうしているっていうこと。僕が誰かの中に入るなんてこと、あるとは思わなかった。変な気分だ」
「だって不公平だって思ったんだもの」
「──不公平?」
「そう、ケンタは自分の場所のことだからなんだって知ってるけど、私はわからないことばっかり。自分がバカになったみたいで悔しいじゃない」
「はあ?」
「だから、私の暮らしている場所にケンタが来れば。ほら、そうすれば、今度は私が教えてあげる立場になるじゃない」
「なんだよ、それ」
子供みたいな理屈を言う。
いつも頭に響くのは「声」だけだった。
でも、今は違う。
たしかに聞こえるのは声なんだけど、それだけじゃなくって肉体の動き――言い方がちょっとあやしげだけど、生きている身体が放つオーラみたいなもの。いわば「気配」を感じる。
ああ、スヴェトラーナっていう女の子は、生きて、ここにいるんだな──って。
その時僕は、本当の意味で彼女の存在を知ったような気がした。
<<
>>